--- Ankoku nyan nyan ---


◇◆ 第 3 話  上司降臨 ! ◆◇

 魔都 香港。
 有栖と三波、2人のICPO捜査官は、行き交う人々の群れを頼りなさそうに眺めていた。
 本部から緊急の呼び出しを受けて、上海を離れ、取るものも取りあえず、指示された地点へ急行した。‥のだが。
「それにしても何でこないな人目に付くトコ 呼び出すんやろ‥」
 観光客目当ての百貨店やブティックやらが建ち並ぶお洒落な街並み。待ち合わせのメッカに違いない地下鉄のエントランス付近に、たむろう若者達に混じって2人は立っていた。
「ま、美女が目につくしええんやけど‥」
 言いながら前方からやってくる黒髪美人にいきなり近づいていく三波。なれなれしくその女性の両肩に手を置き、顔を寄せると、何やら二言三言語りかけ、そのまま「じゃーーねぇー!」とご機嫌で手を振りながら有栖の元へ小走りで戻ってくる。
「仕事中だ‥」
「わーってるって、挨拶してるだけやん‥。お前、そないに、しかめ面ばっかしてて疲れへん?」
「‥‥‥」
 有栖は一顧だにせず時計を見やった。すでにここへ到着してから1時間以上が経っている。その間、この男(みなみ)は何人の女性に声をかけたのか‥。にこにこ無駄口をたたく相棒を見ていると、苦言を呈すのもいい加減、無駄に思えてくる。
 よく考えれば、まだ数日の付き合いなのだが、三波と歩いて、まっすぐ目的地まで辿り着いたためしがない。気が付くと”挨拶”とやらの為に姿をくらましているのだ。
「なあ‥ 特殊災害対策課って、やっぱ、あれ? 特殊って‥ そーゆー意味なんかなぁ‥?」
 言いにくそうに‥というより思い出したくなさそうに、ぽつりと三波が言った。三波好みの美女が途切れたのか、退屈そうに空を仰いでいる。
「‥‥本当に指示文書読んでないな‥‥」
 有栖の目から極寒のブリザードの如き視線が放たれる。
「え?? 載っとった? ”出る”って!?」
 ーー 読んどきゃよかった‥
 心霊現象の一切に拒否反応が出る三波は密やかに後悔した。
「解明できない現象が多々認められる‥ そんな書き方だったが‥」
 隣で青ざめている三波がいなければ、有栖自身、夢で片付けてしまっただろう‥。
 ーー 嘘だと言ってくれぇーー‥‥
 表現方法は違うが、結局、2人の心は一つだった。

「あーーーいたいた! ありがと、ここでいいわ」
 2人の荷物持ち(ポーター)を従えて、ド派手な女性が有栖達の元へ歩み寄っってきた。

 皮膚呼吸を妨げんばかりに厚塗りされたファンデーション。
 芸術的なまでに、かっきり引かれたアイラインに眉。
 負けず劣らず自己主張の激しい頬紅にアイシャドウ。
 滴るばかりに艶やかな真紅のルージュ‥。
 更に、恐ろしいくらい根性の入ったブローで仕上げられた栗色の髪が、黄色と白の眩しいばかりのボディコンスーツの肩を覆い隠している。
 そして何より目を引くのは、有栖とさしてひけを取らない長身とミニスカートからのぞく引き締まった逞しい両足。

 ーー ニューハーフの方ですかーーい!

 無意識に有栖と三波は後ずさった。
 その2人の前に、ポーターが両手いっぱいに抱えた荷物をどすどす山積みしていく。
 女性(?)は気前よくチップを払うと、固まる有栖と三波の前に立ち、ぽんと2人の肩に手を置いた。
「よく来たわね! それじゃ、あんた達、あと頼むわ!」
 魅惑の唇がにっこり笑う。
「は?」
「は‥ じゃない! 運ぶ!」
「あの‥ 失礼ですが‥」
「もーーーー。鈍い子達ねえ」
 と、女性は面倒くさそうに懐から身分証を出した。
 さーーーーーっと顔色失う2人。
「昨日付けで、特殊災害対策課の課長になった、あんたらの上司よ! よ・ろ・し・く・ね!」
 上司だと名乗る謎の女性(?)は、うふ!‥と楽しげに笑った。
「さあ! いつまでも私の美貌に見とれてないで、運ぶ運ぶ! 何のためにここまで呼んだと思ってんのよ!」
 ーー なにーーーーーーーぃ!!
 これも夢だと信じたい有栖と三波であった‥。

      *

 ICPO香港支局 捜査部長室。
 顔も雰囲気も穏やかそうな壮年の男性がたいして広くもない一室で、ガタガタ机の整理をしている。
 男の名は桂。40過ぎに見える外見と違って、実際はまだ30半ばにさしかかった所である。
 先日、急な辞令で特殊災害対策課長からこの捜査部長に任命されたのだが、自分のような弱輩者が?‥と、突然の出世に一番戸惑っているのは、他ならぬ彼自身であった。
 ひまを見つけては、移動に伴う荷物整理にいそしんでいるのだが、全て片づくのは当分先のことだろう。
 書棚の前に雑然と積まれた段ボールを見てげんなりする桂。
 その目の端で、ノックもなく入り口のドアが開いた。
 合わせて、桂の口もカクーン‥と開く。
「やっやっややっヤマモト‥本部長!! 何してんですか、一体!!」
 悲痛な叫びとしか聞こえない裏返った声を上げて桂が跳ね上がった。
「何って、買い物」
 平然と答えたのは、先の性別不明の特殊災害対策課長だった。
「そーじゃないでしょ!」
「香港まで来て、他に何するのよ?」
 がくう‥と疲れたように肩落とす桂。一瞬でごっそり生気を抜かれたような顔になる。
「聞いてませんよ! 貴方が来るなんて!」
「聞いてたら、逃げたー?」
「当然です‥!」
「もーーーー! 桂ったら、いけずーー!」
 抱きつき!‥と、すり寄ってくる課長を振りほどく桂。
「だーーー! やめて下さい! いい年して!!」
 ぴく‥ と課長の眉が上がる。
「誰がいい歳って?」
 ああ? ‥とドスを効かす課長。
「いえ‥ なんでも‥」
「あ‥ あの部長‥」
 かなりビクつきながら、課長の背後から現れる三波と有栖。
「あ? ああ、道頓堀、有栖‥。あれ? 2人とも上海じゃ?」
「いえ、急な呼び出しがかかって‥。何か事件でもあったのかと‥」
「事件?」
 そして、課長の上で目を止め、
「いや‥‥ 事件だな‥」
 ふうと溜息を付くと、桂は きっと顔あげた。
「本ーー部長ーー!! あーた、一体何考えてんですか!! 捜査官2人も呼び返して!!」
「何って、桂。あんた、このか弱い私に荷物持てって言うの?」
「そーーじゃないでしょ!! とに、何しに来たんですか貴方は〜〜!!」
「だから、買い物。しつこいわねアンタも。そんなんだから、すぐに老けこむのよ!」
「ほっといて下さい! 誰のせいだと思ってんですか! 大体貴方って人は‥」
「はいはい。それより、これ。アタシの辞令。今後ともよろしくね! 部・長!」
 受け取って見て、わなわな震え出す桂。
「どーーーゆーーーことです」
「そーゆーことよ! だって本部にいたって、ヒマでヒマで‥」
「そーじゃないでしょ! 何だって、本部長の貴方がわざわざ降格してまで、こんなとこ来んですか!!」
「あら、併任辞令だから、本部では本部長。ここでは課長ってだけよ! だって、こんな小さな支部に、私のポストなんてあるわけないじゃない」
「だからって作ることないでしょ! それにそんな無茶苦茶な人事‥」
「いいじゃない! あんたも昇格したんだし!」
「そーゆー問題じゃ、ありません!」
 先日の突然の人事異動はそーゆーことだったのか!‥ 初めて合点のいった桂。
 ーー ごめん、またすぐにもとのポスト(課長職)に逆戻りかも‥
 そして、愛妻に密かに謝る。
「あ‥の‥」
 身の置き所のない三波達がまたおずおずと声をかける。
「ああ、それそこ置いといて。ありがと、もういいわよ」
「本部長!!」
 吼える桂。
「課長ーよ!! アンタの部下! 優しくしてくれなきゃダメじゃないのぉ」
「ああ、また何か企んでますね〜 尻拭いさせる気ですね〜〜」
「もう、そんなに喜ばなくても‥」
 にこりん‥と課長。
「有栖、道頓堀‥ すまない。とりあえず少し休んでくれ。また後で呼ぶから‥」
 しみじみと気の毒そうに桂がいたわる。
「はい。あの‥その前に一つだけ‥」
 意を決したように三波が尋ねた。
「また、あんなの”出る”んですか!!」
 ”出る”と言った三波の表情で全てを察したらしい。桂が、あちゃーーと額を押さえる。
「”出た”のかい!?」
「特殊災害対策課の特殊って‥やっぱりあの、そーゆー意味なんすか‥」
「他に何があるってのよ?」
 ふふんと鼻で笑う課長。
「地震とか‥洪水とか‥」
「ばっかねえ。そんなの地元の軍隊にでも任せときゃいいのよ! あんたたち、何でここにいるのか、まだ解ってないようね?」
「美術品の密売ブローカーを追う‥そう資料には‥」
 代わって有栖が答える。
「ふうん。桂、まだ話してないのね?」
「彼らは素人ですよ。内勤に回ってもらうつもりでしたよ」
「じゃあ、いいわ。教えてあげる。近頃、世界中で美術館が襲われてる。そしてその流れこむ先は香港らしい‥。ここまではいいわね。それじゃこれは知ってる? 関係者が口をそろえて言う言葉。”見た”‥ってね。人にあらざるもの‥を」
「そーゆーことの捜査なら現地の警察に任せたほうが‥」
 今にも逃げ出したそうに、体は出口を向いている三波。
「残念ながら逆なのよ‥。こっちの警察もそれなりに頑張ってるの、盗難品の経路洗ったりね。でもお化けだの何だの非科学的なことに裂く人員はない。そこで、あたし達の出番ってわけ」
「なんでICPOがお化け退治やってんすか!」
「各国の警察もね消極的ながら取り組んでるのよ、認めたくはないけど事件は事実!って。でもどうしたって素人は素人、それも通常兵器や常識じゃ戦えない相手よ。そこで本部も能力者集めて何とかしようってことになったの。各国の要請受けてね。香港の対ファントム部隊なんて優秀すぎて各国からひっぱりだこよ。それで肝心の香港を留守にしてちゃ意味無いんだけどね。ま、こっちは民間多いしね。心配ないんだけど。 そーね、言うなれば私達は、除霊のプロ集団ってところ? 民間に頼んだら高いしさ、こっちとしても自前でなんとかしたいじゃない」
「ちょ‥ちょっと待って下さい。除霊って‥」
「除霊だけじゃないわ‥ 神隠しにESP‥ 超常現象、怪奇現象、ぜーんぶ私達の管轄よ」
「ESP‥?」
 その瞬間、有栖と三波、2人の体が、ふわ‥と30pほど宙に浮かんだ。
「そ‥超能力ね。ま、いろいろ含めて、これからみっちり覚えてもらうわ。どう? 納得した」
 がびょーーんと、ネジが一本外れたような表情の三波と有栖。
「いきなり納得しろってのが無理ですよ。すまない、神体保護も今回の美術品強盗と同ラインの可能性があると思ってね。捜査の一環のつもりだったんだが‥。”出た”か‥」
「何よ? この2人はその為と、あとアンタのために引っ張ってきたのに」
「引っ張った〜?」
「そーいや、日本で聞いたときにはフランスで内勤って話しやった‥」
 ぽそっと呟く三波。
「ああ、それね。ちょうど警察庁から活きのいいのが派遣されるって聞いたから分けてもらったのよ。東洋人だし都合良いでしょ? それに桂、あんた日本が懐かしいって言ってたし」
「すまない2人とも〜」
「アタシも最初は軽ーい捜査からお願いしようと思ったんだけど、いきなり大物引いちゃったみたいだし‥ んーー、当分このまま頼むわ。やっぱ神様奪われちゃったら、妖怪ども勢いづかせるからね。神体保護とその他情報収集。それと、あんたら表向きは総務担当でこっち回されてるから、3日に一回は局に顔出すこと。雑用溜まってるそうよ。何にもない限りね」
 ーー ひいいいい‥!
 三波と有栖は声もなくのけぞった。

 TRUUUUU‥‥
『はい、桂です。‥‥‥ 三波、若い男女の2人連れが訪ねて来てるそうだが‥』
 内線電話をとった桂。課長のお茶の相手をさせられそうになっていた三波が生き返ったように振り返る。
「すぐ行きます!」
「いいじゃない、ここに通しなさいよ‥。珍客でしょ?」
 たった今、隣室から無理やり運び込んだソファに腰掛けて、課長はいわくありげにカップを傾けた。
「そうだね。2人ともまだ仮のデスクだし‥。なんならしばらく、この人、連れて出てるから‥」
『あ、じゃあ捜査部長室にお通しして下さい‥』
「なんでアタシが出てくのよぉ! 珍客っていったでしょう。妙な力を感じるの。‥ 一見の価値アリよ」
「とかなんとか言ってるけど、そうなのかい?」
 何ですって〜と無敵のオーラを発する課長を完全無視で、話しを進める桂。その勇気に少々感動しつつも、早鐘を打つ有栖と三波の心臓。
「え‥と、たぶん娘々神の神官と日本人の女の子です。香港に着いたら一度こちらに顔を出すって約束だったんで。でも‥それにしても早すぎるかも?」
 ちら‥と有栖を窺う三波。代わって有栖が言葉を続ける。
「上海の本拠地が妖魔の襲撃により破壊されたため、一時的に香港に居を移すようなのですが、一族の真意はそれよりも新たな巫女の獲得にあるようです。巫女を養成するに相応しい場所がこの香港にあるそうで‥。それと、その巫女なのですが‥」
 有栖の話を遮るようにノックが元気良く響いた。
 入ってきたのは、ボストンバックを抱きかかえた沙弥一人。
「あれ、もう一人は? 東君やんな?」
「うん、すぐに来るわよ。ロビーで電話中なの」
「何? この小娘は‥」
 ソファにもたれ込んで、うさんくさそうに課長が訊く。
「一般人‥観光客なんですが、今回の捜査に巻き込むことになってしまい、同行願っていたんです。新たに娘々神の巫女として選ばれたのが彼女でして‥」
「あんた、どエラいもん憑けてるわね‥」
 有栖の話が終わらない内に、いきなり課長が言い放った。上から下まで沙弥を睨(ね)め付けると、反応できずにいる有栖と三波に毒気づく。
「何? アンタ達見えないの? 平和でいいわね? 守護霊‥? じゃないわね魔物よ、マジで」
 この課長がこの戸惑い‥ 何だかわからないが凄いものがついているのか‥。いや、その前に”憑いている”ってやっぱりそーゆー意味なのか‥ まとめようのない考えが三波と有栖の脳裏を駆け巡る。
「あんた、今までよく無事だったわね。 ん? それにしても‥ 無気力な鬼ね‥ ちょっと! あんた返事くらいなさいよ! 鬼の分際で私を無視する気!」
 立ち上がると、沙弥の頭上に向かって喧嘩を売る課長。
「まーまーまーまー。この子に対して害意はなさそうじゃないですか」
「部長。見えるんすか‥」
「あ‥ まあね。これくらい激しいのになると。西洋の悪魔と日本の鬼を足して2で割ったのに道服着流した様なのがここに浮かんでるんだよ」
「かーなり怪しい毒々しい気をまき散らしてね‥」
 有栖と三波は、沙弥の頭上を目を凝らして見るが、当然何も見えない。
 見交わす2人に、沙弥が訊ねた。
「何、このオカマさん?」
「誰がオカマよ!! まだれっきとした男よ! あたしわ!」
 小首を傾げる沙弥。
「‥‥それ、オカマってゆわない?」
「きーーー!! 何このくそ小生意気な小娘は!!」
 どうどうどうどう‥ 課長を後ろから羽交い締めにする桂。
「このお嬢さんですが、ご神体を目覚めさせてしまった為、一族の巫女に祭り上げられそうになっていまして。とりあえず保護が必要かと‥。やはりその、憑いてる魔物とやらと関係あるんでしょうか?」
 自分達が上海に引き返すまで、ホテルで待機するように‥ そう言い聞かせたはずの沙弥がここにいる。とにかく、さらわれなくて良かった‥。冷静な口調の裏で、有栖は胸を撫で下ろしていた。
「そーいや? 沙弥ちゃん、娘々は? 一族そろって来るんちゃうかったん?」
「うん。みんな来てるわよ。それと、娘々ここ‥」
 ずぼっと鞄から娘々を引っぱり出す沙弥。
「よぉ‥空港でとっつかまらへんかったなぁ‥」
「飛行機のらなかったわよ。だってバス乗って目が覚めたら香港にいたもの‥。そーいや香港って入国審査いらなくなったの?」
「沙弥ちゃん、それって密入国‥」
 よろよろよろめく三波。
 昨晩、課長の呼び出しの後、有栖と三波はすぐさま朝一の飛行機で香港へ来たのだから、時間的にも、娘々一族は2人がまだ上海空港のホテルにいる間にバス移動を始めていたことになる。
 ーー 侮るまじ、娘々一族‥
 その手際の良さに有栖と三波は薄ら寒いものを感じた。「ややこしそうな小娘ね〜」
 尊大に沙弥を見下ろす課長。
「何、この人? さっきから人を小娘小娘って‥ いい歳こいたオバサンだし、羨ましいのは解るけど‥」
「きーーー! 誰がオバサンよ!!」
「それより、そのド派手な格好‥。言いたかないけど、変よ。それ!」
「なんてこと言うのよ小娘! 香港だっていうから、目立たないように、髪も瞳もブラウンにしたんだからね!」
「十分目立ってるわよ! だいたいそれじゃオバサン、なに人なのよ?」
「ほっほっほ! 南の国の王族よん」
 ‥‥‥。
「大丈夫‥ この人?」
「きーーー! 何よ小娘ぇえ!!」
 逆上する課長。
 桂が必死で話題を変えようとする。
「まーまーまーまー。それより、こっちの小さいお嬢さん‥」
 と、娘々を見つめ‥ 
「小さすぎないかい?」
 ぬうう‥と考え込む桂。久々に常人の反応に出会え、こくこく嬉しげに頷く三波。
「それに‥ 飛ぶんです‥」
 と言うのと同時に、ぴろろろろ‥と沙弥の頭に飛んで乗っかる娘々。
 魔物を気にしないその様子に、課長が首をかしげる。
「馴れてる‥ ってわけでもなさそうね」
「すまない! まさか、ホンモノとは〜‥」
 予備知識もない2人に、いきなりこの濃い任務‥。桂の良心は痛みまくっていた。
「まーー、目覚めちゃったもんはしゃーないでしょ。ちゃんと守るのよアンタら。とんでもない力秘めてるわよ、このチビ助」
 娘々をつまみ上げると、ほれ!‥と桂に放り投げる課長。
「うわああ! 何すんですか!!」
 慌ててキャッチの桂。
「それにしても‥ こんな小さい子にこんな力を感じるなんて。それに聖でも邪でもないですよ‥この力」
「人間でも妖怪でもない‥ 全く別のモノよ、それは。秘仏として守り続けた訳もわかるわね‥。この子の使い方、一歩まちがえりゃあ、地上は消し炭よ‥」
「”闇黒娘々”‥ 伝説は真実って訳ですか‥」
 ずーーーんと重石(おもし)を背負ったような桂の肩を、明るく課長が叩く。
「ま、ガンバんなさい!」
「何無責任なこと言ってんですか!! もうこの課は貴方が責任者なんですからね!」
「いいじゃなーーい! 今までどおりアンタが見てくれれば」
「そーゆー訳にいかないから、言ってるんでしょう! 今度の人事で、私は他の課も全て統括しなきゃならなくなったんですから!」
「あら‥ それは困るわね‥。それじゃ、こうしましょ! 部長の職は取り止め、本日3時付けをもって、アンタうちの課の係長ね! 本部長権限で上にはそう報告しとくから!」
「ちょおっと、待ってくださいーーーーっっ!」
「大丈夫! 一山終わったら、私の秘書官にでもしてあげるわよ! 大出世よ〜〜!」
「ずっとヒラのままでいいです‥」
 更に重石をどーんと追加され、桂の背中が声もなく泣いていた。
 ーー 気の毒すぎ‥
 掛ける言葉もない有栖と三波の耳に、軽いノックの音が届いた。
 静やかにドアを開け、東が顔を覗かせる。
『隠れ家の方に、皆 集まるようですので、これからそちらに向かおうと思うのですが‥』
『あ‥。東君、すまない。すぐいくから。沙弥ちゃん、2人でロビーで待っててくれる?』
 暗黙の了解で、この部屋からの脱出作戦を決行する有栖と三波。コンビとして初めて2人の心が通じあった、記念すべき瞬間である。
「とりあえず、その隠れ家に同行します‥」
 沙弥と娘々を送り出すと、有栖と三波が同時に回れ右する。
 その2人の襟首を、ぐい‥!と、ひっ捕まえる課長。
「誰よ、誰!! あの子誰なの!!」
「娘々神の神官をしている‥ 東さん‥ですが?」
 少し咽(む)せながら答える有栖。
 厚塗りファンデをものともせず、課長の頬が、みるみる薔薇色に染まる。
「東‥くん。 いいわぁ! いい! 好みよ! 稀にみる大当たりよぉ〜‥!」
 うっとりするのもつかの間、いきなり真顔に戻る課長。
「あんたたち! 何ぼさっとしてんの! 本部を隠れ家にうつすわよ!!」
「は?」
「きゃあああ、若いわ〜。最高〜! 東くぅん、下の名前はなんて言うのかしら〜!」
 言い残すが早いか、課長は突風の如く去っていった。
 
「あの‥部長」
「係長だ‥。3時になった‥。聞いた通りだが、娘々神の保護及びそれに付随する事件の担当本部は娘々一族の隠れ家に移動。あの人は言ったことは必ずやる。これから我々の前にあるのは、困難と忍耐の二文字だ。ともに頑張ろう‥‥」
 
 嵐の去った部屋に、放心状態の3人が残された。




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