第1部  影使い

第1章


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 ーー どうして‥!?
 女はアスファルトに爪を立てた。
 彼方には淡いオレンジ色に浮かび上がる大通りと、足早に行き過ぎる人々の群れ。
 夜を拒んだその輝きの外、そろそろ眠りにつこうというビルの狭間に女はいた。
 震える指が掴んだのは、きらびやかな街の残像か‥。
 遠ざかる意識の中、自分を殺した男の冷たい笑いが、はっきりと脳裏をよぎった。
 ーー まだ死にたくない!!
 どこか幼さを残した面差しに必死の色をたたえて、光へと手を伸ばす。
 ーー 誰か‥助けて‥
 顧みる者もない静寂。
 自らが作った血だまりに倒れ伏し、女は息を引き取ろうとしていた。
 その時だった‥ 女を包み込む夜の闇よりも暗い、闇の深部‥ 地を覆う影の中から、女を看取るように一つの影が浮かび上がったのは‥。
 雲間から降り立つ月光が、更にはっきりとその影を映し出す。
 ーー 美しい‥ 人。
 白い美貌が闇の中でくっきりと輪郭を分かつ。
 しかし、もし女が通常の思考をもっていたならば、その異様さに気づいたであろう。
 水面に浮かぶように、その人は大地から湧き上がったということに‥。
 霞みゆく視界の中、その姿を認めると、女は微笑みさえ浮かべ、静かに事切れた。
 見届けたように、再び闇の中に溶け込んでいく影‥。
 そこにはいつも通りの夜が広がっている。
 人形のように転がった女を気にも止めずに‥。
 



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