☆ Lesson 1


 私はレオン。
 魔界の公務員試験に落っこちて、今は人間界へ向かう船の中にいます。
 船といっても、人間界の方にはピンとこないかもしれませんね。どちらかというと、宇宙人とやらが乗っているUFOの形に似ています。
 一応、地球の風習は頭に叩き込みましたが、万が一、宇宙人の方にお会いしたら、わたくし一体どうすればよいのでしょう? 先日、人間界の放送を受信したのですが、彼らは人間をさらっては人体実験をしているというではありませんか!? それに、火を吹く巨大怪獣が街を叩きつぶす映像も見ました!! 
 正直言って、恐ろしい!!
 何故、私なんかが人間界行きに選ばれたのか未だにわかりません。
 そうなんです、何故、私なんかが‥!!
「チーフ! ちょっと、チーフ! ‥‥‥‥レーーオンハルトッッ!!」
「は‥ はいー‥」
「なーーーに、ぶちぶち言ってますの? あなた、私の荷物どこに置きましたの! ちゃんと部屋まで運んでおいてって言ったでしょう?」
 あ、紹介します。この方は、クリスティーナ。クリス‥でいいそうです。
 雪のような肌に薔薇色の頬、金髪碧眼の綺麗な方でしょう?
 でも、クリス自身は気に入ってないそうなんです。
 まるで、天使みたいだ!‥って。
 わたくし、褒めたら、ぶん殴られてしまいました。
 でも、それもそのはず、彼女のご両親はそろって堕天使なんです! すごいでしょ? 堕天使だなんて、めったにお会い出来るもんじゃありません! いやーー、感動です。
 ほんと、何故こんな御立派な悪魔と私なんかが、同僚になったんでしょうねえ?
 あ、いけない。言い忘れてましたね、私これでも一応、悪魔なんです。最近自信なくなってきましたけど‥。 
 悪魔と言っても外見上は人間界の方と変わらないんですよ。もちろん、シッポも角も生えてませんし‥。でも人間界の悪魔の絵は、ちょっと気持ち悪いですよね。頭は山羊みたいだし‥。ああ、また脱線してしまいましたね。まずは、一番大切なことを‥
「ちょっと、何ですの! これはっっ!!」
 あれ?
「なんの嫌がらせですの! 人の荷物を倉庫に詰め込んで! 私に出てくるなってことですの!?」
「い‥嫌がらせなんて、そんな高度なこと私には‥」
「ふん! よく言いますわ! 優秀だったから選ばれたんでしょう! チーフに!」
 うっうっ‥ 非道い。それにしても、何故何故わたくしなんかが、チーフに!?
「代わっていただけません?」
「い・や・ですわ! 面倒くさい!! あの男なら代わってくれるんじゃなくて? 何しろお偉い貴族様ですし‥。仕切るのもお好きでしょう? ねえ、ロマノフ?」
 うあっ!! 
 びっくりしました。
 頭上から降り注ぐ凄まじい眼光!!
 心臓に悪いというか、なんというか‥。
 とにかく、こちらの柳ごおりを担いだ背の高い方が、ロマノフさんです。
 クリスの言ったとおり、魔界でも指折りの名門の出、先祖代々続く大悪魔の一族なんだそうです。
 鋭い眼光が見るからに悪魔って感じで、憧れてしまうでしょう?
 けど、ロマノフさん。初めてお会いしたときから、ずっとこの険しい表情なんですよね。
 最初は、ご機嫌を損ねるようなことでもしたのかと心配したんですけど、そういうわけでもないようですし‥。やはり大悪魔ともなると、普段からああやって厳めしいお顔を作らなければならないんでしょうか?
 けっこう美男子なのに‥。もったいない‥なんて思うのは、きっと浅はかな考えなんでしょうね。だから私、悪魔らしくない‥なんて、皆にバカにされるんです。はああ〜。
 ん‥‥?
 うわああああ‥ 大変ですぅ!
 また始まってしまいましたー!!
「ああああ。お二人とも穏便に〜」
 って、全然聞いてくれてません〜〜!!
 ああ‥ 何と申しますか、このお二人、初顔合わせの時からこの状態で‥。
 クリス VS ロマノフさん。
 とにかく そりが合わないようなんです。
 ‥というか、一方的にクリスが仕掛けてるんですが‥。
 あれ? 終わったようです。
 今回はいつになく早かったですねえ‥。
 クリスがドレスの裾をはためかせながら出て行きました。
 はぁ〜。それにしてもロマノフさんの眼力‥。
 クリスを一瞥で黙らせてしまうなんて凄すぎます。正直言って、未知の圧力を感じます。
 特に、そう‥ そうやって正面から見つめられると‥。ああ、どうしてロマノフさん‥ さっきから、ず〜ぅぅっと私を睨み付けてらっしゃるんでしょうか?
「あのぉ‥ ロマノフさん?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 ロマノフさーーん!? お願いですぅ、しゃべってくださいよぉおおお‥。やっぱり、激しく怖いですぅぅ〜。
 はれ? ロマノフさん。首を‥わずかに、横に‥。
 何かの意思表示でしょうか?
 首を‥ 横に‥ 
 その先は‥ 荷物‥ 
 肩に担いだ‥ 私の柳ごおり‥ 
 私の‥ 私のっっ!?
「ぅあ"ーーっっ!! すみませーーーんっっ!! その荷物、私のですぅぅーーー!!」
 家(うち)って貧乏ですから、衣装ケースなんて洒落たものないんです‥。でも最近のお若い方に、柳ごおりなんて言っても通じないかもしれませんね? 柳の皮で編んだ衣装入れなんですけど、これが結構いろいろ入って‥ 
「じゃなくて!! 降ろして下さいロマノフさん! ああ、そんなもの、ずーーっとお持たせしてしまって。何とお詫びしたら‥」
 まったく‥。 おしゃべりだって言われるんです、私‥。
「でもロマノフさん、これって何処にありました? 運び込もうと思ったら消えちゃってたんですよねぇ‥」
「‥‥‥廃棄ボックス‥‥‥」
 え‥‥?
 ひ‥ ひどい‥。
 いくら汚いからって。ちゃんと名前書いてあるのに! ふた全面に、こんなに大きく〜〜!
「ロマノフさんが見つけて下さったんですね‥!」
 ああ、もうロマノフさんが天使に見えます!!
 でもこれって侮辱の言葉になるんでしたね‥ すみません。
 ーー おや?
 なんだかロマノフさん、首を振ってらっしゃる?
「あのぉ、ロマノフさんじゃないんですか? 見つけて下さったの‥」
「‥‥‥エンド様‥‥‥」
 まあ、坊ちゃんが!?
 なんとお優しい!!
 それにしてもロマノフさん、お声にも そこはかとなく威圧感‥ いえ、威厳があるんですねえ‥。
「本当に申し訳ありません‥。他の荷物の積み込みで手一杯で、すっかり忘れておりましたが、あの‥ 坊ちゃんは?」
 まったく‥ 一体、私は何をしにここまで来たのでしょう? 抜けているのも、いい加減、嫌気がさします。
 こんなことで、無事、坊ちゃんの教育係が勤まるのかと思うと‥‥‥ ん??
「あのー、ロマノフさん?」
 ロマノフさんの首が大きく、右〜左、右‥と。ああ何も真横を向くほど振らなくても‥。180度以上いってませんか? 首、大丈夫なんでしょうか‥ じゃなくてぇ!!
「坊ちゃん、いないんですかっ!!」
「何ですってぇえええ!?」
 うわ、聞いてたんですか、クリス‥!?
「どーーしますの、チーフ!! 生徒がいなくて、何が教育係ですの! 探しますわよ! 今すぐ探しますの!!」
 なんてことでしょう‥。本当に、なんてことでしょう‥。
 さっき言いかけた大切なこと。
 そう、私達3人は、ただ今行方不明の坊ちゃんの家庭教師 兼 世話係なんです。
 坊ちゃんについては、ロマノフさんと同様、大悪魔の御子弟だということしか聞かされていません。
 とにかく、公務員試験に落ちた当日、魔界当局から連絡が入り、このお仕事を頂いたのです。今回から補欠合格の代わりに設けられた救済措置‥なのだそうです。
 当局が決めたことに文句はありませんし、無事に勤めれば就職の道も開けるということ、本当に感謝しております。
 ただ、人間界へ御遊学される大悪魔の子弟のお供‥。
 そんな大それた任務、何故、私なんかに〜〜!!
 それもそれも、こんなご立派な悪魔の方々と一緒になんてぇえええ〜〜!!
 ‥‥‥ ハァ ハァ‥。
 そんな場合ではありませんでした。
 坊ちゃんを捜さなければ! 
 私が放り込んだ荷物の間に挟まっていたりでもしたら!!
ああ! 坊ちゃん、ご無事で!!

*********

 すでに、探し始めて3時間が経ちます。
 でもでもでもでも、見つかりません!!
 何処にいらっしゃるんですーー!? 坊ちゃーーん!!
「私たち‥ クビですわね‥」
 クリス‥? 暗いです‥‥(^^;) 
「やっと‥ やっと‥ これでなんとかなるって思いましたのに!! もう、私の将来設計も何もかも‥ お終いですわーーーーっっ!! 仕送りだって出来なくなるわ!! フィレンツェラ様にだって捨てられるのよおおお!!」
「ク‥クリス?」
「何よ、チーフ! 貴方はいいわよ! どうせ国へ帰ったって、次の職は約束されてるんでしょう! 知ってますわ! 貴方、最後の模擬試験の時、首席だったでしょう! 私より3つ前の席で、遅刻してきて鈍くさかったから覚えてますの!! それが、首席‥首席‥」
「誤解ですよ、クリス〜!! 私、本番にめっきり弱いみたいで、公務員受けるの、これで3回目なんですー!! それに今回も結局ダメで、補欠扱いですし〜〜!!」
 だーーー!! 殴られる〜〜!!  
 ‥‥あれ?
「クリスっ!!」
 びびびびびっくりした〜。いきなり、腰が抜けたみたいに座り込むんですもの。
「‥‥‥‥うそ?」
「嘘じゃないです〜。このお仕事だって、試験の救済措置とやらで、ご厚意で加えていただいたんです‥。それが、その‥ こんなことになってしまって‥。最初から、私なんかが来るべき所じゃなかったんです〜!!」
「うそ‥ 貴方も補欠なの‥?」
「ええ‥私も補欠‥ は!?!? 今、あなた”も”って‥?」
 クリスの顔を、こんなに間近で見るのは初めてかも知れません。
 それも、笑ってる顔なんて‥。
「うそ、うふふふふふ! 馬鹿みたい私! 落ちこぼれだって‥、馬鹿にされてるんだとばかり‥ あれ?」
 え? クリス‥。
 済みません。慌てて隠したのに見ちゃいました。
 ‥‥綺麗な涙。
 よっぽど気を張ってたんですね? 
 堕天使ってステイタスも結構重荷なのかもしれません‥。
 けど‥ 復活早すぎません? クリス? 
 こんどはロマノフさんにくってかかってますよ〜〜!!
「ちょっと! 言っときますけど、補欠だろうが何だろうが、ここでの立場は同等ですわ!! なによ、睨んだって効きませんわよ!!」
 あれ? ロマノフさん? なんだか妙な動き‥。
 頭をこっくり‥ 上‥下‥。
「‥‥まさか、貴方も‥ なんてことないでしょうね?」
 上‥下‥。 
 もしかして、うなずいてません? 力一杯。
「補欠‥ですのね?」
 こっくん。
 やっぱり‥。
「要するに‥ 落ちこぼれの集団ですのね? 私達‥」
 ずーーんと影入っちゃってますよ、クリス!
「なんだか笑ってられませんわ‥」
 それもそうかもしれません‥。
 こんな私達に、預けられる坊ちゃんって‥。
 不憫。
「まあ、坊やも逃げ出して正解だったのかもしれませんわね?」
「逃げた? 坊っちゃまが?」
「この狭い船内、これだけ探していないってことは、出航するまでに逃げたんですわ‥。さすがに貴族、大悪魔の一族ですわね‥。悪魔らしいとはいえ、馬鹿にしてくれますわ! え?‥ 何よ、何なのよロマノフ?」
 ロマノフさん、何か見つけみたいです。
 睨み付けてるのは、私の‥ 柳ごおりっ !?
 ごそっ‥? って何です? 動きませんでした? ふたが‥開いて‥
 え‥?
 えっ?
 ええぇーーーーっっ!!
「坊ちゃんーーーーー!!」
 坊ちゃんが私の柳ごおりの中にーーー!?
 あああああ、よかった!!
 ほんとーに、よかった!!
「ご無事で、エンドさまーーー!!」
「‥レオン? ??‥僕寝ちゃったの?」
 ああ、寝ぼけ眼をこする姿の愛らしいこと‥。
 あっ、こちらがエンド様。私がお仕えすることになったエンド様です!
 くーーーっっ!! 可愛い、可愛すぎる!!
 何者をも魅了する。これが悪魔の微笑みというものなんでしょうか?
 クリスの言葉ではありませんが、お小さいのに流石は大悪魔の血筋。
「チーフ‥ チーフ!! 聞いてますの、レオンーーっっ!! 貴方ちょっと、危ないんじゃなくて?」
「何がです?」
「それがよ‥」
「はっ!! 申し訳ありません! 坊ちゃまーー!!」
 可愛らしさのあまり、ついつい抱きしめてしまいました。
「貴方はもう! 大の男がべたべたべたべたと! そんな暇あったら、夕食の用意!!」
「私がですか‥」
「私のメインは教育係、貴方は世話係! 文句ありまして?」
「ありませんーーー!!」
 クリスはしまったという顔をしましたが、それこそ本望!!
 この可愛らしい坊ちゃんがいる限り、私、なんとか頑張れそうです!
あ、頑張るだなんて、また悪魔らしくないことを言ってしまいました。
 クリスやロマノフを見習って、坊ちゃんを立派な悪魔にお育てしなければ!!
「ね? クリスどうしたの?」
 私の耳元、小さくお聞きになる坊ちゃん。
「なにかいいことがあったようです」
「ほんと?」
「たぶん」
 鼻歌まじりのクリスを見送ると、くりくりの瞳で私とロマノフさんを見上げる坊ちゃん。
 え‥ ロマノフさんを‥?
 坊ちゃん‥。なんという、勇気!!
 さすがは”私の”エンドさまですーーー!!
 
 


    NEXT              EXIT