☆ Lesson 3


 ‥‥‥‥‥‥。
「‥ぅ‥‥‥‥‥‥」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「何か言いましたか、ロマノフさん? ロマノーーーフ?」
 ‥‥‥‥‥‥。
「クリス。ロマノフさんが妙なんですけど‥」
「何言ってるのよ、妙なのはもとからでしょう?」
「でも、いつもとは様子が‥」
「そうかしら‥? あ!」
「ーー!! もしかして!」
 ーー 今回は、ロマノフが進行役‥!?
「無謀ね‥」
「ですねぇ‥」
 と、いうわけで、急遽、司会進行を務めさせていただくことになりましたクリスですわ。
 アシスタントのレオンですぅ!
 要りませんわよ。
 えーー。いいじゃないですかー。
 あーー、もう。足を引っ張られるのはイヤですわよ。
 はーーーい。
 では皆様、改めていきますわね‥。
 
      *

 坊ちゃんのお手柄ですわ。
 いきなり達成「ご近所付き合い!」ということになってしまいましたの。
 初めてのお隣さん。初めてのお呼ばれ‥!
 ああ、わたくし、なんだかドキドキしますわ!

 クリス、クリス。早く行かないと。おや、見て下さいよ、この人間の女性、玄関を入らずにお庭の方へ行きますよ‥。

 そうね。それよりレオン、いいですわね! ここからが勝負所。人間との受け答えは任せましたわ。くれぐれも粗相のないように、それと怪しまれないようにね! わたくしはロマノフを見張ってますわ。なんだか嫌な予感がしますの!

 そんな、ロマノフさんに限って心配ありませんよ。でもでも、任せていただけるなんて‥ なんだかとても嬉しいです〜。

 まあ、単純な男で良かったですわ。適当におだてて働かせるのも手ですわね。

 クリス〜。聞こえてるんですけど〜 (T_T)。

「なんじゃ道子、そのフランス人形は!? 生きておるのか? なんじゃ、後ろの馬鹿でかいギラギラしたのは?」
「もう! おばーちゃん! お隣に引っ越して来た方達でしょう!」
 な‥ あの丸まってる物体は何ですの? しわがれ声で、しゃべりましたわ!

 クリス〜‥ あれは人ですよ、お年寄り。もうずいぶんお年を召しておられるんですねえ‥。あんなにお小さくなられて‥。
 あ、皆さん、今の状況なんですけれど、お庭に入ると、いきなり大きく開け放たれた部屋が見えまして‥ 陽光が室内にまで差し込んでいるんです。不思議な作りですねえ。

「縁側‥って言うんですよ。初めてですか、レオンさん?」
「えんがあ‥?」
「はい。エンド君もとっても気に入ってくれたんですよ。あ、そうそう! エンド君そっちの部屋でお昼寝中ですから‥」
 ーー え、エンド様〜〜!?
 ああああ、ご無事で、ご無事で〜〜!! 
「あ、レオンさん。ここはクツを脱ぐんですよ」
「あ、はい。申し訳ありません。‥‥坊ちゃま〜〜〜!!」
 そういえば本に書いてありました。家に上がる時はクツを脱ぐ風習があるって。ここがその地域なんですねえ。 ああ、なかなか脱げないのがもどかしい!! 坊ちゃま〜〜!!

 ちょっとレオン‥! 無事は確かめたんですし、今更慌ててどうするんですの! 落ち着きなさいな!

 すみません〜。でもでもせめて、寝顔の確認を〜‥。

「早く、あがらんかの、せっかくの茶が冷めるぞ!」
 あらまた、あのしわがれ声ですわ。
「もう、おばーちゃん。お茶はこれから淹れるんだから。あの、紅茶の方がいいですよね‥」
「道子、なんじゃ、このびかびか光っておる奴らは‥」
「おばーちゃん! お隣さんでしょ! ‥‥あ、ごめんなさい。大きな声出して。うちのおばあちゃん、ちょっと耳が遠いんですよ‥」
「なんじゃ、おぬしら、その爪は!! 切らんか、切らんか‥」
「もう、おばあちゃん! あら、でもほんと、長い。今はそういう付け爪が流行ってるんですか‥ 私、そういうの疎(うと)くって‥」
 レ‥ レオン聞きまして? 爪、爪が問題ですのよ。
「レオンーーー!!」
「はい〜〜〜。ああ、坊ちゃま、やはりお可愛らしい‥」
 話しになりませんわ。いつの間に、坊ちゃんの枕元に? デレデレして。みっともないったら‥。
 あら、何かしら? ご老体が動き出しましたわ。
 レオン‥の方へ行きますわ?
「ふぎゃーーーー!!」
 何ですの!? 今の悲鳴、レオン‥??
「きゃーー、おばあちゃん! 何するのーー!!」
 え? え? え?
 パツ‥ パチン‥? 何か連続して小気味のいい音が‥。
 あ‥‥ら‥‥。
「爪、つーめーがぁああ〜〜‥」
 無惨‥ですわ。レオンの指先から、4pほどの長さの濃い緑色の爪が、次々と宙を舞っていきますわ。
 う‥そ?
 ちょっと待ってー。ご老体、こっちに来ませんことーー??
「だめーー。おばあちゃん! これは飾りなの! ね! こんなに綺麗な真珠色の爪なんてないでしょう? そっちの人も、ね、紫色の爪なんてないでしょう?」
 ああ、なんとかセーフ。助けが入りましたわ‥。でも、まだ私を見ていますわ〜〜!
「ほう、良い色じゃが、ちと長いぞ娘さん。だが、そっちの銀の頭の方は爪が死んでおるて、切らねば‥」
「きゃーー。おばあちゃん、駄目よ付け爪だって〜〜!」
 こ‥ こわいわ。人間界。

      *

「本っ当に、ごめんなさい‥」
「いいえ〜〜‥」
 そんなうつろな声じゃ真実味がないですわ、レオン。まあ、ショックなのはわかりますけど‥。
 それにしても、人間界では爪の長さにまで、こだわらなくてはいけませんのね‥。長い爪はタブー。覚えておきますわ。
「なんじゃ、飾りなら、早うそう言えば良いのに‥」
「言ったでしょう、おばあちゃん!」
「あ‥? なんじゃて? ‥‥のう若いの、その方がずっといいじゃろう? のう?」
「あ‥ 済みません。まだ実感が〜‥」
「そんな爪で小僧っ子に怪我でもさせたら、大事じゃしのう‥」
 う"っ‥!? 
 何をうっとりしてるんですの、レオン?
 レオン‥ 帰ってきなさいレオンーーー‥。
 気のせいですわよね。なんだか、レオンの頭上から後光がさして見えますわ!
「お‥ おばあさま‥」
 おばあさま!? 何を言いだしますの、レオン!!
「‥ぉ‥お師匠様と呼ばせて下さいませ〜〜〜!!」
 はぁ?
「わたくし、坊ちゃまをお守りする立場にありながら、そのようなこと、考えたこともございませんでした‥。ああ‥ なんと素晴らしいお教えでしょう‥」
 レオンー。な、泣いてますわ‥。
「また色々とお教え下さい。ぜひぜひお願いいたします〜〜!」
 ちょっと、お待ちなさいレオン〜〜!!
「もう、うふふ。レオンさんって、面白い方ですね‥」
 なんだかウケてますわよ。もう訳がわかりませんわよ。
「道子、それで、このキラキラした異国人は何者じゃ?」
「おばーちゃん‥。だから、お隣さん! ほんと、申し訳ありません。そんな綺麗な髪の色や光沢のあるドレスなんて見慣れてないから。ボケてるわけじゃないんですよ。ちょっと耳が遠すぎるだけで‥」
「誰がボケとるじゃと!!」
「違うでしょ!」
「それで、誰じゃ?」
「お・と・な・り・さーん!」
「おお! あのシメジ茸に越してきたのか? これはこれは、よう来なさった!」
「もう、なんてこと言うの、おばあちゃん! ごめんなさい。悪気はないんです。たぶん」
 シメジタケ‥ 気になりますわ! 何ですの、それは??
「道子、ほれ、そんな出涸らしではなく。玉露じゃ、玉露を出すのじゃ!」
「おばーちゃん。これは紅茶!」
「あのぉ〜。シメジタケって?」
 レオン、ナイスですわ!
「ごめんなさい。お宅の洋館のこと、この近所ではそう呼んでるんです。気を悪くなさらないで下さいね。なんとなく‥ 形が似てるからだと思うんですけど‥」
「見るのじゃ、若造、これがシメジ茸、これが玉露じゃ、そうじゃ、大福餅もあったぞ‥」
「ごめんなさーーーい‥」
 みちこ‥ っていいましたわね。なんだか、この人間も苦労してますわね。
「まあ、見てくださいなクリス。ほらほらロマノフさんも、ほんとうに似てますよ、このシメジタケ!!」
 馴染んでますわ‥ レオン。
 縁側から顔を覗かせると、私達のお屋敷が見えるのですけど‥。
 でも、あら、本当。
 似てますわ。
「これってキノコ‥ですわよね?」
 一つの根本から、たくさんの頭がにょきにょき生えだしたキノコ。お世辞にも可愛いとは言えませんわ。いえ、どちらかというと、不気味‥。
 けれど、その不気味な物体と双子のように建っていますのよ! 私達のお屋敷‥‥。
 一体何なんですの? どういうコンセプトですの?
 敷地的には恐らく、お屋敷もこの家も変わりませんわ。この家、結構狭いんですの。失礼ですけど。
 それなのに、その狭い土地から太い煙突のような塔が20本近く、まさにこのキノコのように生え出しているんですのよ!?
 一部分ずつなら確かに立派な城かもしれませんわね。鋭く優美な尖塔を除いても、建物内部は5層以上はありそうですもの。
 それが、どーうーしーてー‥ 
 お向かいの2階建てより小さいんですの〜〜!
 どう見たって人が住める代物じゃありませんわ!! 
 サイズ的にも構造的にも、どーしたって無理っ!
 何だって根本の方が細いんですのーーー!!
 ああ‥ 怪しすぎますわ〜〜!!
中は亜空間で、広々使い放題‥なんて言えませんもの!
 これじゃ早晩バレますわ!!
 何考えてますの、魔界上層部ーーーー!!
「帰りますわよ!」
「あ‥ お気を悪くなさいました?」
「とっとんでもありませんわ! 急用を思い出してしまいましたの! 折角、お誘い下さったのに申し訳ありませんわ!」
 ああ、謝るのって苦手ですわ。
 さあ、行くのよレオン。坊ちゃん抱いて。

 私はもう少し諜報活動を〜。

 そんな場合じゃないでしょ。一刻も早く対策を練らないと! あなたチーフでしょ、気付きなさいな! あの家、不自然だと思わないの!?

 でも、急に家が変わったら、もっと不自然ですよ〜?

 そ、そうですわ‥!!

 クリス? クリース?
 あああ、そんなにショックを受けなくても‥。
 クリスってば、ふら〜っと庭先の花壇に降りていってしまいました。

「あの、クリスさんどうなさったんですか‥?」
「ク‥クリスは花に目がないんですぅ‥」
 はぁああ‥強引ですぅう‥。
 それにしても、もの静かなクリスっていうのも珍しいですねぇ? もう少し様子を見ておきましょうか。

 何、馬鹿な解説してるのよレオン!

 ああ、よかった。本当に復活がお早いですね、クリスは‥。

 褒めてるの‥?

 ああ、なんで怒るんですか〜〜。

 まあ、いいわ。それより見て。素晴らしくてよ人間界の花は‥! なんだか彩りが魔界とは違うわ。陽の光が違うとこれだけ変わるのかしら‥。
 ほら、柔らかいピンクに黄色‥。
 ああ、なんて毒々しい花!

 クリス‥ それ人間界じゃ褒め言葉じゃないですよ。

 あら、そうでした?

 はい〜。でも、人間界って言葉遣いに気を付けなくてすむのがいいですよねぇ。

 そうかしら? けなしてるんだか褒めてるんだかわからなくなって、変な気分ですわ‥‥ぁぁあっ!!

 あれ? クリス? どうしました、顔色がお悪いですよ。道子さんを見つめているようですが‥。
 ああ、それにしても道子さんという方は、本当に にこやかで優しそうな方ですねぇ‥。今も、楽しげに微笑まれて‥、
「マカイ‥って、よく解らなかったんですけど、どこの国の町なんですか‥?」
 ‥なんて、道子さん。きっと坊ちゃんから、お聞きになったんでしょうねぇ‥。

 って、レーオーンー! 悠長にナレーションしてる場合じゃないんですのよ! ちゃんと状況見えてますっ? お隣さんの話し掛けてる相手、誰だと思ってますのっ!

 え‥ ロマノフさんですけどぉ?
 ‥‥って、ええ"っっ!? ロ、ロマノフさんっっ??
 
 そーよ、解りまして? ピンチですのよ!
 ご近所付き合いが破綻する前に、ロマノフを連れ帰りますわよ! せっかくのお隣さんを失うわけにはいきませんわっ!

 で、でも大丈夫ですよぉ‥。ほら、サングラスもかけてらっしゃいますし。素晴らしいですねぇサングラスは、あのロマノフさんの眼光まで遮ってしまうんですもの‥。

 何、寝とぼけてるんですの! サングラスぐらいで隠せるわけありませんでしょ! よくご覧なさいまし!

 う‥ 確かに、この威圧感‥。変わらないかも‥。

「ロマノフさん‥でしたよね? あの‥ よろしかったら、お上がりになって下さいね。紅茶は苦手だったかしら‥?」
ああ‥ 道子さんが懸命に話しかけておられますのに、何故そんなに無反応なんです〜 ロマノフさぁん。 縁側の端に腰掛けたまま、微動だになさいません〜。
 それにしても、道子さん‥ 坊ちゃまに匹敵する勇気の持ち主ですぅ〜〜‥。

 感心している場合じゃありませんわ! ぼろが出る前に引き上げますわよ! いいですこと、ロマノフはまだこの国の言葉を覚えてない‥ということにしますわよ。レオンが気を引いている間に、私が‥

「きゃっ!?」
 な、何なんですのっ!? 今の悲鳴のような声!?
何てことですの‥ ロマノフ‥。
 サングラス越しとはいえ、お隣さん見つめるなんて! その上、立ち上がるなんて反則ですわ! 迫力倍増ですのよ、何考えてますのーーー!
「ぅ‥ う‥ ぅぅう”ぁああああーーーーーー!!」
 な、な、な、何ですの、今度はっ? 地の底から湧き上がるような凄まじい咆哮!? 発生源は‥
 ロマノフ‥!?
 って! 何してますの、ロマノフーーー!! 落ち着いてーー!! イヤ〜〜〜っっ!!
 茫然と見送るお隣さんを残し、ロマノフが土煙を巻き上げて、お屋敷へと走り去って行きましたわ‥。
 その通り過ぎた後には、瓦礫の山‥。崩壊したこの家の塀と、くっきりと人型にぶち貫かれたお屋敷の塀と壁‥。
 何でしょう‥ 屋敷の奥からは微かに破壊音? 野獣の雄叫びに似た残響まで聞こえてきますわ‥。
 一体、何が起きたのか、私には解りませんわ‥。
 解りませんけど‥‥

 短い‥ ご近所付き合いでしたわね‥。




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